久々にこのページを覘いてみると、なんと当時のスタッフがほとんどいない状態で存在するではありませんか。思い出してみるとあと数回は予定していたような‥‥‥。 そんな訳で、用意していたページを今更ながらに更新したいとおもいます。これは2005年8月1日にアップの予定でした。

七月に入って八九式でも見にいってみようと、なんとなくそんなことが頭の中に浮かびました。しかし、ただ行くのもなんだか面白くありません。そこでちょうど七夕の日に、牽牛と織姫ではありませんが、九七、八九と、見えない線をつないでみることにしました。



『 大鳥居 』

最近なにかと話題の靖国神社ですが、九七式中戦車は、遊愁館という施設のもっとも奥に鎮座しています。以前は屋外に展示されていて、塗装も確か単色でした。この九七式を初めて見たのはいつだったのか。もうずいぶん前のことですが、そのときは“思ったより大きいぞ”という印象だったのをおぼえています。



スタート地点を九七式の前として、それでは出発することにします。


大村益次郎さん、行ってまいります。


まずは九段の坂を下ります。


九段下といえば地下鉄ですが、
それではつまらないので飯田橋まで歩くことにします。
路面電車が欲しい。


飯田橋の駅まであとすこし。
この先にある高架は、電車の通過音が激しい場所です。
その嵐のような金属音を聞きながら改札へ。


飯田橋のホーム


総武線から見える風景も、学生時代からずいぶん変わりました。
後楽園の落下傘降下のような装置は、
まだ健在のようですね。


総武線でもっともダイナミックな景観、しかもここは特等席。


秋葉原に到着


秋葉原は“オタクの街”だそうですが、
“オタク”という言葉が発生した頃をなんとなく見てきた者からすれば、
あまり気持ちのよい言葉と思えません。
わたしは今でも、いい意味では使うことはありません。
いやみんな、いい意味では使っていないのかもしれませんが。


上野駅

特急のホーム、乗るのは“ひたち”。なかなかモダンな車輌です。


上野と聞くと、なぜか集団就職というイメージ。


出発してしばらくすると墨田川を渡ります。


ん? この巨大な鉄球は、いったい何?
(綾瀬〜金町の間)


拡大すると‥‥‥。
すっくと立つと、火星人の戦闘マシーンになりそうです。


車窓はしだいに郊外の風景に


30分ほどで土浦に到着



『 土浦 』

ここに来るのはこれで四度目。いちばん最初は中学2年の時、友人2人と、片道100キロ以上の道のりを自転車に乗ってやってきました。それも輸入模型(*1)を買いに。でも財布の中身は、すべて“ベロナ・タンクプリント”(*2)に消えました。二度目も同じ自転車で、その時買ったのも模型ではなく、アバロンヒル社の『パンツァーブリッツ』でした。ほんとうは東京の模型店に行きたかったのですが、電車代がもったいなかったのです。自転車なら途中の食事代しか掛りません。

そして三度目は、『戦車ゲーム』企画時の1996年秋(か?)。当時のアスキーに岡部いさくさんをよく知る方がいらしたので、何かお話でも聞かせていただきましょうと、その方が武器学校見学ツアー(それほどのものではありませんが)を企画してくれたのです。そのときはゲーム内容が何も確定していなかったので、せっかくご一緒させていただいたのに、身のあることをまったく聞くことができませんでした。

(*1) 当時は、エアフィックス、マッチボックス、エッシーなどで、エアフィックスは"NEW"のマークのある頃です。

(*2) 76スケールの図面集で、メジャーなものに限らず、かなりマイナーな車輌まで特集されていた小冊子でした。最近まで『ベロナ・タンクプリント』と思っていたのですが、今、手元にある物をよく見ると、『BELLONA MILITARY VEHICLE PRINTS』とあります。なんだか記憶はいい加減です。その時は、A30チャレンジャー、M4A3E2、センチネルMkIIの掲載されていた号を選んで買いました。


まずは街の探検を。
おっ、古本屋を発見!


探検などしていると目的を忘れそうなので、バスに乗ります。
江戸崎行きのJRバス。


運転手さんに、「武器学校はどこで降りるのですか」と尋ねると、
武器学校前という停留所がありますとのことでした。わかりやすい。


国道から霞ヶ浦は見えません。遠くに、
なぜかオランダにあるような風車が見えます。


着きました。そうそう、こんな感じの場所でした。


いらっしゃいました。
なんともいえないデザインです。


一人で八九式を眺めていると、観光バスで団体さんが到着。
見ると20人ほどの、わたしより年上の方々。幾人かは戦車の前に立つと装甲を叩きます、コンコンと。あ、やっぱりみんな叩くのだな、“戦車は関取と同じだ”というのがすなおな感想。団体さんは八九式を見て、『これ第一次世界大戦のだろ』とか、『どこから見て運転するんだろう』とか、三式の傾斜した前面装甲を触って『ここ、タマが滑るんでしょ』等々、なかなかおもしろい会話をしていました。

わたしの目的は八九式ですが、せっかくなので戦後の車輌のほうへ。なんどみてもM4A3E8は、なかなかよいスタイルです。砲塔の首の部分は、おもったより切れ込んでいるのを知りました。このような立体だったのか。61式の車体前面のネジは、スゴイ大きさです。いちばん奥、60式自走無反動砲は欲しい、持って帰りたい。


北側の展示車輌。


南側に展示されている車輌と火砲。こちらは屋根つき。

一通りながめたら、任務完了。

これで一日の間に
九七式と八九式、それに三式を見るという快挙をなしとげたわけです。

いやまあ遊びですので、読んで笑っていただければそれでけっこうです。



『 国道125号線 』

武器学校の門前、国道125号線にあるバスの停留所。ここは、自転車の荷台に『パンツァーブリッツ』をくくりつけた中2のわたしが、30年前に通過した道でもあります。

しかし、『パンツァーブリッツ』を自転車で100キロ運んだのは、わたしくらいではないでしょうか。まあ、調べようがないのでわかりませんが‥‥‥。




『土浦駅周辺』


駅に戻ってから時間もあったので、30年前に来た模型店を探してみることにしました。確か駅前から小さな路地を入ったところだったような気がしますが‥‥‥。いや、まったくもってわかりません。記憶が正しいとすると、その位置は、イトーヨーカドーの敷地内ではないでしょうか。とにかく30年という歳月では仕方がないことでしょう。
そしてもう一つ、新しい記憶である1996年秋の武器学校見学ツアーで利用したホテルも、廃墟のビルとなっていました。時間が経つというのは、そのようなものです。

以上、九七式、八九式とをつなぐ小さな旅と、わたしにとってなぜか戦車な街”土浦”のお話しでした。

撮影はすべて、2005年7月7日です。


2005年7月31日に作成、アップは2007年6月 石津


過去の「制作のアレコレ」は、こちら。
第1回 ゲームの中のマチルダ歩兵戦車について
第2回 いろいろなこと/発売から半年を経て
第3回 各戦場について
第4回 未登場の車輌たち
第5回 PALイタリア版がやって来た
第6回 各版の違いについて



 
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