KCG文庫試し読み

十二因縁

これは、奇怪な“縁”の物語

「人ならざるもの」が見える縁澤繋。
傷ついたあやかしの雛を助ける為に駆け込んだ神社で、彼は少女の姿をした“神様”に出会った。
雛を助ける方法は『縁結びの神様』になることだと告げられた繁は、神様の助手になることを決意するが
十二因縁
  • 原案・イラスト/ネヲ
  • 著/友麻碧
  • 定価:本体630円+税

 涼しくなってきた。
 そんな、九月上旬の夕暮れ時の、学校からの帰り道のことだ。
 二学期が始まったばかりのこの日、俺は、高校のクラスメイトである川上に熱心に遊びに誘われ、いつもは通らない裏道の田園を通っていた。
 垂れた黄金色の稲穂が、風に揺れ大きな波を作っている。
 田んぼばかりの一帯にはこれでもかというくらい数多くのトンボが飛び交い、土手には彼岸花が咲き乱れ、秋の田園風景を作り出していた。
 そんな田んぼを突っ切るように、車一台しか通れないような舗装されていない道がある。
 その道は、田んぼのど真ん中で孤島のようにぽっかりと存在する杉山に続いている。
 鎮守の杜だ。その入り口で、古びた石の鳥居を見上げた。
「知ってるか、繋。湯遊井の町って地蔵尊の方がずっと有名だけど、この神社も知る人ぞ知る、ご利益のある“縁結びの神社”なんだぜ」
「……縁結びって、恋愛成就的な?」
「うーん、ばあちゃんいわく、誰かと誰か、何かと何かを、結びつける場所、らしいけど?」
「へえ……」
 得意げに説明してくれた川上も、実のところよくわかっていない様子だ。
 誰かと誰か。何かと、何か。
 その言葉を印象づけるように杉の木が風に揺れて、乾いた音を奏でた。
 俺は、額束の掠れた文字を読んでみる。
「結射……神社?」
「ああ、そうだ。湯遊井っていう町の名前の響きと、この神社の神様の名前から、結射神社っていうんだって。ばあちゃんが言ってた!」
「川上のおばあさんは物知りだな」
 都会育ちの俺は、田んぼのど真ん中に鎮守の杜と神社があるということが何より不思議に感じられる。都会のビルとビルの隙間で窮屈にしているお社と違って、それはとても余裕のある空間の中で、確かな神聖さを保っている気がするのだ。
 杉の杜に入ると、途端に肌で感じられる空気の緊張感。ここはとても静かで、涼しい。
 参道には灯籠が点在し、そこを進むと長い石段があった。両脇の背の高い木々に守られた、細く長い石段だ。
 上っていた途中、同じ学校の制服を着た女子生徒が、すれ違うように下りて行った。
 制服の胸ポケットについた校章は青色。と言うことは、上級生だ。
 参拝した後だったのだろうか。
 すれ違い際に、何だか甘い、良い匂いがした気がした。
「花の匂いかな。何だろう……」
「はあ?」
「いや、今、良い匂いがしなかったか? あの人が通り過ぎたあと」
 川上はきょとんとしたあと、ニヤニヤ顔になった。
「な、なんだよ、その顔」
「別に?。でもほら、シャンプーの匂いとか? 良いなー俺は何も嗅げなかったぜ」
「嗅ぐって……何か嫌な言い方だな。意図的じゃないぞ。香りが漂ってきただけだよ」
「でも俺、本当に何にも匂わなかったぜ?」
「…………」
 もしかしたら、川上には本当に匂う事の出来ない“類い”の香りだったのかもしれない。
 俺は、変な事を口走ってしまったかもと口元を押さえ、反省した。色々な意味で。
 ひぐらしの鳴く中、石段をせっせと上る。
 もう一つ古い鳥居を越え、境内に上がった。
「……わあ」
 途端に、神聖で厳かな空気がいっそう強く感じられる。
 境内もやはり背の高い木々に囲まれ、少し薄暗い。
 参道の先にはお社がひっそりと佇んでいる。
 それは俺が想像していた以上に大きく立派だったが、派手さは無く、薄汚れ剥げかけた緑色の屋根と、古い木造の柱や壁の典型的な寂れたお社だ。
 拝殿は高床になっていて、短めの階段の上に賽銭箱が設置されている。脇には拝殿に上がる為の出入り口もあるが、今はどこも閉め切られていて拝殿の中を見る事はできない。
 あ。左手にある手水舎の水は天然の湧き水なんだ……
 川上いわく、この水は飲む事もできるらしい。確かに、「水を汲んで持ち帰る場合は百円を賽銭箱へ入れて下さい」と注意書きの張り紙がある。
 という事は、わざわざここへ水を汲みに来る人もいるのかな。
 だが、今は誰もいない。社務所も無人だ。
 聞こえてくるのは、頭上を覆う木々のザワザワと擦れ合う枝葉の音と、ひぐらしの鳴く音だけ……
「あれ、絵馬を売ってる」
 無人の社務所の前には平たい箱が置いてあり、まだ何も書かれていない絵馬が並べられていた。どうやら、無人でも勝手に買う事が出来るみたいだ。こっちは一つ三百円。
「その絵馬に願い事を書いて祈願すると、良く叶うって話だ。俺もたまに書くよ」
「へえ、そうなんだ」
 社務所の横には絵馬掛け所があり、いくつもの絵馬が掛けられていた。
 通り際にどんなお願い事がされているのか見てみると、一つの絵馬が特に目をひいた。

『もう一度会えますように』

 何もかもがよく分からないお願い事だ。
 匿名だけど、この神社の神様は、このお願い事の主と、お願い事の相手の事が分かっているのかな。
「……ん?」
 この絵馬の付近から、またふわりと甘い香りが鼻を擦った。
 あ。もしかして、さっき石段を下りて行った人の絵馬なのかな……
「恋のお願いかな」
「まあ縁結びの神社だからなー。でもこの神社の縁結びって幅が広いから、失せ物とかも願うと出てくるって話だ」
「失せ物……? 特にないなあ」
 ちゃんと考えれば、失ったものがいくつか思いつくのかもしれないが、そもそも俺はあまり神社のご利益を信じてはいない。
 神様はそんなに簡単に、たかが人に振り向いたりしない。俺はそれを知っている。
 それでも形だけお参して帰ろう。そう思って拝殿の方に顔を向けた、その時だ。
「……えっ」
 俺は思わず声を上げ、足を止めた。
 ひやっとしたのは、いつの間にやら、社の片隅にひっそりと佇む袴姿の少女がいたからだ。
 少女は銀のショートカットの髪をしていて、紫色の大きな瞳が特徴的。
 この神社の人? いわゆる巫女さん?
 いや……違う。絶対に、違う。
「おーい、どうした繋? さっさとお参りしようぜ」
 川上が俺の顔の前で手を動かしていた。俺は瞬きすらできない。
「やっぱり……川上には見えていないんだ」
「ん?」
「……いや」
 強く風が吹き、土ぼこりと青い木の葉が目の前を横切る。やっと一度瞬きをした。
 刹那、少女は社の傍から姿を消す。
「あれ……?」
 違和感を一つも拭えない、摩訶不思議な心地であった。
 その直後―――

「ねえ……“神様”になって」

 背後から、俺を縛るような、凛とした声が聞こえた気がした。
 思わず振り返り、そのままぐるりと周囲を見渡すと、今までは気がつかなかった “あいつら”の視線を、いくつも感じるのだった。
 鳥居の上では裾の短い着物姿の、透けた体の幼い少女が座り、冷たい視線でこちらを見下ろしている。
 お社の軒下では、二つの尾を持つ老猫が静かに双眼を煌めかせている。
 また御神木の後ろから、大きな尾を持った“人ならざるもの”の人影が伸びている。
「あ……あや……かし……っ」
 思わず後ずさり、ずきんと痛む自分の瞳を手で押さえた。
 そう。この神社には、俺ら以外の人間などいない。
 ここに居るのは、人ではない“あやかし”だ。
 しかも、俺が今まで“見てきた”ものたちとは格が違う大物揃い。
 確実にヤバい奴らだ。どうしてこんな、無名の神社に?
 俺のこの目が、奴らに見つかってしまったら、俺は……っ
「ど、どうした、繋」
「…………」
「あっ! もしかして、変な虫でもいたか!?」
 青ざめている俺に対し、見当違いな事を言って、キョロキョロと周りを確認する川上。
 彼は何も知らない。当然だ。
 あれらを見る事が出来たのは、やっぱり俺だけ……
 俺のこの“目”だけだったからだ。