KCG文庫試し読み

雨宿バス停留所

あなたには、“命”を捧げられる友達はいますか……?

学校裏にある、20年前に廃線になったバス停『雨宿』。
中学生の千歳は、そこで来るはずもないバスを待っていた謎の少女小鳩と出会う。
千歳が学校でいじめられていることを知った小鳩は、
復讐のために夜の学校へ忍び込むことを提案するが……?
雨宿バス停留所
  • 原作:月の側面
  • 著者:城崎火也
  • イラスト:時々

■プロローグ

 教室でセーラー服を着た女の子二人が、顔を突き合わせて何やら話している。
 会話の主導権を握っているのは、肩の上で切りそろえたまっすぐな髪を揺らせ、熱心に話す眼鏡をかけた少女だ。
 眼鏡の少女は向かいに座って興味津々で見つめる友達に、声をひそめて囁いた。
「知ってる? 学校裏の山道のバス停の話……」
 その言葉を聞いた友達の少女が目を輝かせる。
「知ってる、知ってる! 最近、別の学校の生徒が行方不明になったっていう話でしょ?」
 声を弾ませる友達に、眼鏡の少女は微笑んだ。
「そうそう。噂によれば、そこのバス停からバスに乗ったきり、戻ってこないんだって。でも不思議だよね。だってあのバス停、もう二十年も前からどのバスも通っていないのに……」
「あ、それウチのお母さんも言ってた。確かお客さんが少なくなったから、運行停止になったんだよね」
 眼鏡の少女は興が乗ってきたらしく、誰にも話していないことを口にした。
「実は私ね、あのバス停のことを調べてるんだ。昔の新聞記事なんかも集めてるの。色々怖い話があるんだよ」
「すごーい、汐雫ってそんなことしてるんだ。さすが新聞部の副部長!」
 汐雫と呼ばれた眼鏡の少女は友達から手放しで誉められ、嬉しさに頬を紅潮させた。
「まあね、資料を調べるのは得意よ。地元の新聞って面白いんだよ。この土地の伝承とか不思議な話とか載せててね……」
「そういえば、あのバス停の名前ってなんだっけ?」
「あのバス停の名前はね……」
 汐雫はとっておきの秘密を口にするように言った。
「雨宿って言うのよ」

■第1章 バス停での出会い

「あっ……!」
 古里千歳は突き飛ばされて、無防備に地面に倒れた。
 突然の出来事で備えることができず、思わずついてしまった膝と手のひらに鋭い痛みが走る。
「う……っ」
 むきだしの足は擦り傷ができていて、制服であるセーラー服も砂と土で汚れてしまっている。
 勢いよく転んだので片足の靴が脱げてしまったが、千歳は転がっている白い靴を拾うこともできない。
 冷ややかにこちらを見下ろす三人のクラスメイトに、完全に射すくめられていた。
 学校からの帰りに公園を通ったら、待ち伏せしていたらしいクラスメイトの女子生徒三人に囲まれた。そして、いきなり突き飛ばされたのだ。
「ほら、立てよ地味子」
 立花朱莉が憎々しげに言う。地毛とは思えない鮮やかな赤色の髪が印象的な子だ。本人はこの髪を自慢に思っているらしく、長く伸ばしてサイドテールにしている。
「もうやめて……」
 千歳は震える声で懇願した。
 嗚咽が止まらない。痛いし、何より悲しい。
 なんでそんな目で見るの? 朱莉とはちょっと挨拶をかわす程度の仲で、ほとんど関わり合いがないのに。
「うわ、この子泣いてるよ。だっさ!」
 宮村結衣が唇を歪めて笑う。結衣は中学生に見えないほど背が高く、すらりとしている。その大人びた顔は、今は憎々しげに歪んでいて恐ろしかった。
 何がそんなに面白いのだろう。
 千歳は声を震わせながら、口を開いた。
「わ、私、何もしてないのに……。どうしてこんなことするの?」
 そんな千歳を、樋口柚希がじろりと睨んでくる。綺麗な長い黒髪と、くっきりした大きな目が印象的な美少女で、クラスでもリーダー的存在だ。
「古里さん、私、今日登校中に、あなたの靴を踏んじゃったでしょ」
「え……あ、うん」
 母に買ってもらったばかりの白い靴を、近づいてきた柚希にいきなり踏まれてしまった。痛みよりも、くっきりと靴の跡がついてしまったことがショックだった。
「その時、私は本当に悪いと思ってすごく謝ったよね?」
 腕を組んでゆっくり詰め寄ってくる柚希に気圧され、千歳は後ずさりした。
「……」
「なのにあなた、私を無視してずっと女々しく靴を拭いてたでしょ。私が心から謝ってるのに無視されて、どれだけ傷ついたかわかってないの?」
 あまりに大げさな物言いに、千歳は呆然とした。朱莉と結衣はニヤニヤ笑ってその様子を見ている。
「そ、そんな……。別に無視したわけじゃ……」
 まさかそんなことで、ここまで怒っているとは思わなかったのだ。
「この靴は、お母さんに買ってもらったばかりの大切な靴で……早く汚れを落としたくて靴に集中してしまったの。だから悪気はなかったの」
 千歳は何とかわかってもらおうと、柚希たちに必死に説明した。
「ねえ、もう許してよ」
 なぜそんな些細なことで、ここまでされなければいけないんだろう。
 柚希が舌打ちした。
「ちっ……。本当にいらいらする! 中学生にもなって、親に買ってもらった靴だから大事なの、とか気色悪いっての」
 柚希が転がっている千歳の靴を乱暴に拾った。
 そして、靴を持った手を大きく振り上げる。
「こんな靴!」
 柚希が公園の真ん中にある噴水に、千歳の靴を力いっぱい投げ込んだ。
「ああっ!」
 千歳は悲鳴のような声を上げた。
 ぽちゃん、という音ともに水面に浮かんだ靴が奥へと流れていく。
 千歳は慌てて噴水に駆け寄った。
「あはは。そんなに大事なら、さっさと拾ってくればー?」
 柚希がわざとらしく手を振ってきた。
「それじゃあ、私たちもう帰るから。じゃあねー」
 笑いながら立ち去る三人を、千歳は呆然と見つめた。
 なんで、こんなひどいことをするの? 私はただ、家に帰ろうとしていただけなのに……。
 千歳は力なく噴水を覗き込んだ。
 靴は一メートルほど離れた場所に、ぷかぷかと揺れながら浮いている。
 必死で手を伸ばしてみたが、あとわずかな所で届かない。
「もうちょっとなのに……」
 千歳は更に体をぐっと伸ばした。噴水の縁を握って体重を支えている左腕がぷるぷると震える。
「よっと……」
 指先があと少しで靴に触れる。そのときだった。
「あっ!」
 千歳の細い腕は不安定な体を支えきれず、そのまま前に倒れてしまった。
 ザブン、と大きく水しぶきが上がる。千歳は慌てて噴水の中から立ち上がった。
 靴を掴むと、水に濡れて重くなった制服を引きずるようにして噴水から出る。
「はあ……。靴は拾えたけどずぶ濡れだよ……」
 千歳は情けない思いで、濡れ鼠になってしまった体を見た。セーラー服の上着も紺色のプリーツスカートも、たっぷり水を吸って異様に重い。
 幸い、九月下旬とはいえまだ残暑が厳しい時期なので、風邪をひきそうにはない。
「でも、大切な靴が無事でよかった……」
 靴も制服も、乾かせばまた使える。
 千歳は日が翳り、夕闇に覆われた公園を見回した。
 遊具やベンチ、自動販売機も、誰にも利用されずに寂しげに立っている。
 公園を見下ろす丸時計は壊れていて、いつも五時を指している。だから、正確な時間はわからない。
 公園で一人ぽつんと立ち尽くし、千歳はため息をついた。
 ひどく孤独でつらかった。
 三人の罵詈雑言や嘲笑が耳から離れない。ずぶ濡れで靴を握っている自分がみじめで堪らなかった。
 柚希たちを中心にしたクラスメイトによるいじめが始まったのは、二年のクラス替えがあった四月からだ。
 きっかけは本当に些細なことだった。
 放課後、新しいクラスメイトで集まろうという柚希の誘いを、千歳が断ったことで不興を買ってしまったのだ。
 当時、ずっと可愛がってくれていた祖父を亡くしたばかりで、千歳は毎日泣き暮らしていた。せっかくのクラスメイトからの誘いだったが、とても楽しむ余裕がなく、仕方なく断ったのだ。
 だがそれ以来、クラスメイトたちの態度が冷ややかになった。そして、チクチクと嫌みを言わるようになり、今ではちょっとした暴力を受けたりするようになった。
「毎日、いじめられて辛いけど、耐え続ければ、きっといつか……」
 千歳は自分に言い聞かせるように呟いた。
「きっといつか、楽しい生活を送れるようになる……。だって毎晩、夢で見るんだもん。大切な友達と過ごしている光景を」
 千歳は厳しい現実とは真逆の、信頼できてお互い何でも話せる友達と過ごす夢をよく見ていた。
 現実にはいない、心の底からリラックスして笑い合える友達だ。彼女の笑顔や楽しそうに話す声に、千歳はいつも幸せな気分になる。
 友達の顔はぼんやりとして思い出せないが、たぶん同い年くらいの少女だ。
 ただの願望なのかもしれないが、もしかすると近々出会うという予知夢かもしれない。
 今の千歳には、夢くらいしかすがるものがなかった。
 そろそろ家に帰る時間だったが、こんな格好で帰ったら母は心配するだろうか。
「そっか……今日は用事で遅くなるって言ってたっけ」
 千歳の母はアパレル関係の仕事をしている。今日は打ち合わせの後に飲み会があるから、終電になるかもしれないと言っていた。
「家に帰ってすぐに脱いで乾かせば、大丈夫だよね……」
 女手一つで働いて自分を育ててくれている母に、できるだけ心配をかけたくない。
 とぼとぼと家に向かって歩き出した千歳は、誰かの忘れ物らしい青い小さなバケツを見つけた。
 バケツに近づくと、中でキラッと光るものが目に入る。
「何だろう?」
 そっと手を入れると、水の中から出てきたのは、小さな透明のガラスのようなカケラだった。
 小さなカケラは白く光ると、ふっと手のひらから消えてしまう。
「えっ……」
 千歳は呆然と手のひらを見つめた。
 何だったんだろう、あれは。儚くて、とても綺麗なカケラだった。
 そのとき、一瞬目の前にノイズのようなものが走った。ズキッと頭に鋭い痛みが走る。
「な、何? 今一瞬何か見えたような……!」
 フフッという可愛らしい少女の笑い声がした。
「……女の子の声?」
 千歳はきょろきょろ辺りを見回した。
「向こうからだ。気になるし、ちょっと行ってみようかな……」